秘展/垂直ノ存在社

「秘展」と題された展覧会は、ギャルリさわらびにて平成十五年(二〇〇三)及び二十一年(二〇〇九)の過去二回開催されました。この展覧会の題辞は、世阿弥の「秘すれば花」から採りましたが、此の度は其処に「垂直ノ存在社」という言葉を添えました。

 

 

《 歴史や神話、霊性、天地自然の悠久、死を想い死者達を想い、ふるさとを想い、生まれ来る者たち・・、そして夢を追い・・、其の垂直軸に、現実の人間世界が横溢する水平線が交叉する。目に見えるものの奥に秘む、見えざる垂直の存在。その交点に顕現する今この瞬間の生命。アルベルト・ジャコメッティの彫刻の垂直の屹立の崇高。アンドレ・マルローは那智滝や伊勢の古木に、メルロ・ポンティはセザンヌの絵画に垂直の存在を見、或いは、深源から上昇してくるものの更なる上方への導き・・芸術家はその仲介者と語ったパウル・クレー。芭蕉は、西行・宗祇・雪舟・利休に貫道するものは一なり、とした、その一筋の道。山中高木の狭間に独り立つ山櫻が、掌を広げるように梢を高く伸ばす清麗高雅にして剛毅な姿を想います。志高清遠。垂直に生きることで初めて、私共は今ここに在り、現実を見、真に死すことが出来るのではないか。其処から産み落とされる美が結ぶ垂直、永遠。「もっと遠くへ・・(ファン・ゴッホ)」。垂直ノ存在社。このやしろは、こもりく(隠国)の杜に在り、時が来れば早蕨(さわらび)のきざしの如くに顕現する。

 

※隠国も早蕨も万葉集に見ることができます。隠国は枕詞に使われ、隠れたる山々のこころの故里という印象です。早蕨は春の到来を告げる歓喜の象徴。伯夷・叔斉の故事や源氏物語などでは悲しみの象徴としても用いられ、早蕨という言葉には、いわば喜びとかなしみが同居しています。 》

 

 

見えるものの奥に秘された見えざる存在が、私共の今を生かしてくれています。秘されし隠されし「花」が顕現する時、その花の香とは如何に・・。

「秘展/垂直ノ存在社」、ご高覧くださいますようご案内申し上げます。

 

(平成二十六年三月十一日廊主記す)

 

この記述は、普段から廊主がかんがえてきたことを端的にまとめたものであり、ギャルリさわらびの理念でもあります。この名を冠した展覧会詳細は、別途ご案内いたします。

 

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