櫻井陽司会入会のご案内201611.pdf
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・櫻井陽司会のお振込口座を追加いたしました。

みずほ銀行 銀座中央支店 普通口座 1367015 櫻井陽司会(サクライヨウシカイ)

櫻井陽司会(さくらいようしかい)

入会のご案内

 

"無私の情熱"

画家・櫻井陽司 顕彰会

 

櫻井陽司さんが戦後まもなくの頃に描いた「少年」のデッサン(左図)があります。その鋭利な眼光は、困難な時代に打ち克とうとする強い意志を感じさせます。東日本大震災の時、水を運ぶ少年の写真が話題になりました。瓦礫の中を口を引き結んで、井戸からの水をペットボトルに入れて何往復も運んだ少年。その写真を見た瞬間に、デッサンの少年がだぶり、そして二人は私の中で一つになりました。戦後すぐと大震災という現実の危機に直面した二人の少年の姿が。

其の姿には、詩があり、そして剣があります。以前、ギャルリさわらびの櫻井陽司展で、櫻井さんの絵をそう表現しました。詩を描いて詩情に流されず、強靭な意志を抱いてそれに固執せず、その両者がぎりぎりのところで結び、しなやかに振るわれる剣の如くの描線。一本の線の厳しさと清らかさに、自然と背筋を伸ばされる想いが致します。

「自分の絵は、日本人の油絵になると思う」と、櫻井さんは言います。彫刻家のアルベルト・ジャコメッティの言葉に共感していた櫻井さんですが、其処に見る「(セザンヌは)主観を捨てて自然を忠実に模写しようとしたのだ。しかし結果においてセザンヌの絵ほど個性的なものはほかにない」という、いわば無私の精神、或いは、個性的であろうとするのではなく、美しく、時に厳しく、そして儚い自然と一体となるこころのありようは、日本の歴史や伝統文化の中に、様々なかたちで顕れたものでしょう。美術に限らず、多くの外来の文物を受容し、換骨奪胎させ、他に無いものをつくり出すのが、日本の大きな特質ですが、油彩画という外来の材料や手法によって、何処にもない、日本人の油絵を描くという点で、櫻井さんは大きな成果を残しました。足下を見失わない、根あるゆえの芸術的普遍性が、時代を背負いつつ時代を突き抜ける力となって、今を生きる私共に、そしてこれからも多くの人々に力を与えてくれるでしょう。

「自分も捨てて何も捨てて・・」と語る櫻井さんの精神は、其れであるが故に澄み、其れであるが故に時に激しく、そして深い静けさとあたたかさを具えています。その描線は、現代合理主義や理性主義的人智万能の驕りを超えてかがやき、古来受け継がれてきた厳しくも儚いゆえのしなやかな美を、其れゆえの「永遠」に触れる力を、今に顕現させているのです。

 

櫻井陽司会の発足は、平成2452日、櫻井陽司さんのご子息、櫻井研(みがく)さんが、「櫻井陽司會」として書面に遺言として遺されました。ギャルリさわらびでは、平成25年に「櫻井陽司會記念展」を開催いたしました。そして平成27年及び28年には、生誕100年展(ギャルリさわらびでの個展としましては、10回目となります)を開催いたしました。平成28年には櫻井陽司会通信を発行(5月及び11月)し、現在画集の計画を進めているところです。

 

既に2年前に亡くなられ、名も知らなかった櫻井さんのデッサンに出合ったのが平成15年、その感動を機に同年開廊しましたのがギャルリさわらびです。

 

 

 

会員の皆様には、櫻井陽司研究などをテーマとした年間2回の会報の発行を予定しています。櫻井陽司展の開催時など、随時、会員様向けサービスを検討して参りますが、皆様と共に、櫻井陽司さんが遺されたものを出来る限り継承し顕彰していくことを第一と致したく存じます。何卒、ご指導ご鞭撻とご支援のほど、宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

平成28年 雪待月に

 

                         櫻井陽司会  田中 壽幸

                         〒104-0061 東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル2階 ギャルリさわらび内

                                    

 

■(櫻井氏の絵をはじめて見たとき)、「生活実感によって強く打ち出された、ホンモノの仕事であると驚きました」。「これからの絵は人々のうちがわにある共通なモチーフと対話する絵であろうと考えます。櫻井氏は正面からこの問題と闘っています」。[麻生三郎:画家、武蔵野美術大学名誉教授]

■「たしかな描写力で被写体に迫りながら、陰惨なものや醜悪さ通俗さはみじんも感じさせず、リアリスティックなものとロマンティックなものが何の矛盾もなく溶けあい、感傷を越えて個性的な深さとなっている」。[吉岡憲:画家]

■「その迷いの無い筆線は、ハヤブサが空中で獲物を捕らえる時に一気に間を詰めるときの無駄の無い一線を思わせる。その全身的能力によって、一撃で獲物を丸ごと捕らえるような線。このような線は、絶えず鍛錬習練を繰り返した上に、描くという常に一度きりの勝負に身を挺してきた人によって、始めて生み出されるものだ」。[東千賀:画家、桑沢デザイン研究所元専任教授(デッサン)]

■愛知県美術館の木村定三コレクション展(平成2767月)にて、櫻井陽司さんの作品が20点公開されました。館内には櫻井さんが敬愛していたアルベルト・ジャコメッティの作品展示もありました。櫻井さんの作品は、何故こんなにも胸をゆさぶるのだろう、と東京から見に行かれた方からお便りをいただきました。美術館学芸員の方からもお手紙をいただき、櫻井陽司への反響の大きさには、いささか美術館としても驚いているとのことでした。ツイッターでは、同時開催の片岡球子展を見に来たが、櫻井陽司が白眉、これだけはもう一度見ておきたいというツィートがありました。真の個性というものが、どのように生まれるのか。そのことが、人が生きるということの意味とどう通じているのか。櫻井陽司さんの作品に教えられ、感じさせてくれるものは、芸術無限の言葉どおり、限りが無いものと考えています。

 

●櫻井陽司略歴

1915(T4)新潟県刈羽郡中鯖石村(現柏崎市)生まれ。1928(S3)上京。油絵を始める。1945(S20)板橋の大山にて戦災、作品焼失。1946(S21)職場美術協議会結成、第1回展より出品、47年より議長。1952(S27)麻生三郎、吉岡憲推薦「櫻井陽司素描頒布会(発起人代表 職美協中央美術研究所 杉本鷹)」。1957(S32)名古屋サカエ画廊個展、以後8回。1964(S39)愛知県美術館にて駒井哲郎と二人展。1965(S40)木村定三の紹介にて柏三屋主催展、以後10回。1975(S50)東京サヱグサ画廊個展。1977(S52)宇都宮上野百貨店個展、以後毎年10年。1982(S57)美術ジャーナル主催個展。1985(S60)紙舗直個展。1986(S61)名古屋「審美」個展。アートロベ個展、92年迄。1992(H4)名古屋「審美」第2回個展。1994(H6)アートロベ個展、2000年迄。2000(H12) 1224日逝去。2003(H15)ギャルリさわらび個展(開廊記念)、以後11回。2010(H22)東御市梅野記念絵画館「私の愛する一点展」出展、以後毎年。2012(H24)櫻井研氏により「櫻井陽司會」設立。2013(H25)東京芸術劇場「心のアート展」特別展示、安彦講平氏推薦、ギャルリさわらび協力。2015(H27)愛知県美術館木村定三コレクション展にて20点公開。

 

●「もっともっと感動する 何でもまっしぐらに描けるように目茶苦茶にまっしぐらに勉強したい」 「万巻の書を読むことは、絵の具を使うことよりも大事」 「僕は人に教えて銭を受けようとは思わない、おしえて教えられるものでないものを教えるとはおかしい」 「佐伯(祐三)がだめだと云つた日本を畫くのだと云ふ事 これは大変なことだ」 「伝統とは水溜りの様なものでなく深い井戸の様なもので、過去の深く掘り下げた芸術と現在の深く掘り下げた芸術が地下水でつながる このつながりが伝統である」 「きれいなものをきれいらしくかく事はつまらない事でありかへつてきたなく感じる 見られ様とする絵はつまらない 絵が正しくてその正しさが見る者を正す絵が必要」 「孤独を知っている人だけが、いい絵をつくるだろう」 「絵を作ると云ふ事は一種の狂気なのだ 狂気は色彩と形を正確に握ませる 手が動かぬ程の狂気でもデッサンは正確だ」 「90以上生きて、線一本引いて死のう」 櫻井陽司

 

■現在、画集編纂のための資金集めを致しております。今回、会員になられた皆様には、会報の送付等の他、計画しております画集に、ご協力者としてお名前を掲載させて頂きます(不掲載をご希望の方は、年会費ご入金時にお知らせください)。また、賛助会員・法人会員の皆様には、画集の贈呈、その他ご支援内容に応じた御礼を考えさせて頂いています。画集編纂にあたり、櫻井さんの作品や資料情報がございましたら、お寄せください。画集完成時には、画集出版記念展の開催を予定しています。櫻井陽司さんの作品の清らかなる生命の燃焼を、生誕100年を機に留めたく存じます。何卒、宜しくお願い申し上げます。

 

■年会費とご入会について

一般会員:二千円以上  賛助会員:一万円以上  法人会員:二万円以上

お振込み先

みずほ銀行/銀座中央支店/普通口座番号1367015/サクライヨウシカイ  

ゆうちょ銀行/10120-2696321/サクライヨウシカイ

(他金融機関からのお振込/店名〇一八(ゼロイチハチ)/店番018/普通預金口座0269632)

 

・「櫻井陽司会」にはいつでもご入会いただけます。

・お申し込みは上記口座に年会費をご送金の上、下記申込書の内容をFAX又はメール等でお送りください。会員の有効期間は入会日から1年間です(1年ごとに更新)。

 

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                  櫻井陽司会入会申込書        年    月    日

 

お名前

 

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会員の種類(いずれかを○で囲んでください)  一般会員    賛助会員    法人会員 

 

 

 

 

 

 

櫻井陽司(桜井陽司) 略歴 

 

 

1915(大正4)   新潟県刈羽郡中鯖石村(現柏崎市)に生まれる。
1928(昭和3)   上京。油絵を始める。

                     都交通局(当時電気局)に就職(昭和24年まで勤務)。
1945( 20) 板橋の大山にて戦災、作品焼失。
1946( 21) 職場美術協議会結成、第1回展より出品、47年より議長をつとめる。
1947( 22) 日本アンデパンダン展第1回展より出品する。
1952( 27) 子供病気となり重労働を行い背骨を病める。
           麻生三郎、吉岡憲推薦「櫻井陽司素描頒布会

 (発起人代表 職美協中央美術研究所 杉本鷹)」。
1953( 28) 三越にて平和美術展準備会に出席、第1回展より出品。
           祝算之介詩集『鬼』(書肆ユリイカ)にデッサン「眠れる母と子」掲載。
1955( 30) この頃より30年間、東京の松沢病院に通院。
1957( 32) 名古屋サカエ画廊にて個展、以後8回程続ける。
1959( 34) 東京の大倉画廊にて個展。
1964( 39) 愛知県美術館にて駒井哲郎と二人展、サカエ画廊主催。
1965( 40) 木村定三の紹介にて柏三屋主催展を行い、以後10回。
1974( 49) 柏三屋加藤重信遺志により画集発行。
1975( 50) 柏三屋主催で東京のサヱグサ画廊にて個展。
1977( 52) 宇都宮の上野百貨店にて個展、以後毎年10年行う。
1982( 57) 美術ジャーナル主催個展。
1985( 60) 紙舗「直」にて個展。
1986( 61) 名古屋「審美」にて個展。
           アート・ロベ主催個展、以後92年まで続く。
1992(平成4)   名古屋「審美」にて第2回個展。
1993( 5)  アート・ロベ主催画集出版記念展。
1994( 6)  アート・ロベ個展、以後2000年まで続く。

2000( 12) 12月24日逝去。

2002( 14) アート・ロベ主催遺作展。
2003( 15) ギャルリさわらび主催デッサン展(開廊記念)。
           ギャルリさわらび主催「秘展 其の壱」-ランプ-。
2005( 17) アート・ロベ主催回顧展。
2008( 20) 愛知県美術館発行「木村定三コレクション 近現代美術」図録に作品掲載。2009( 21) アート・ロベ主催デッサン展。
           ギャルリさわらび主催回顧展。
           ギャルリさわらび主催「秘展 其の弐」-生と死-。
2011( 23) ギャルリさわらび主催遺作展。

 ギャルリさわらび主催「没後10年」展。

2012( 24) ギャルリさわらび主催回顧展。

           櫻井研氏により「櫻井陽司會」設立。

2013( 25) 東京芸術劇場「心のアート展」特別展示、

                安彦講平氏推薦、ギャルリさわらび協力。

           ギャルリさわらび主催「櫻井陽司會記念」回顧展。

           ギャルリさわらび主催デッサン展(開廊10周年記念)。

2015 27) 愛知県美術館「木村定三コレクション展」にて20点公開。

              ギャラリーアビアントにて「生誕100年メモリアル展」。

           ギャルリさわらび主催「生誕100年展 第一部」。

2016 28) ギャルリさわらび主催「生誕100年展 第二部」。

           ギャルリさわらび主催デッサン展。

 

☆ 櫻井陽司展/櫻井陽司會記念 SAKURAI YŌSHI RETROSPECTIVE 2013
平成25年 4月25日(木)~ 5月25日(土) 正午~午後6時
≪水木金土:開廊 日月火:休廊、 4/28(日)・4/29(月・祝)開廊≫

御礼 「櫻井陽司展/櫻井陽司會記念

 SAKURAI YŌSHI RETROSPECTIVE 2013」

 

多くの皆様のご来廊、誠にありがとうございました。
山形から、福島から、愛知、岡山、愛媛から、そして台湾から・・。遠方から駆けつけてくださっ た方々、何度か繰り返しご来廊いただいた方々、ご来廊いただいた全ての方々、会期中にはどうしてもうかがえないとご連絡いただいた方々、櫻井陽司さんを応援していただいている全ての皆様に御礼申し上げます。

「櫻井陽司會記念」という、一箇月(4/25-5/25)にわたる特別の展覧会となりました。陽司さんのご子息で昨年五月に逝去された研(みがく)さんの櫻井藝術に対する強い思いが、「櫻井陽司會」を遺されました。
東京芸術劇場では「心のアート展」(4/24-4/29)が開催され、櫻井さんの作品が特別展示されました。このためにコレクターの方々にもご協力いただき、都内や愛知県からも貴重な作品をお送り頂きました。
ギャ ルリさわらびでは、展示空間が広がり、油彩画十七点、デッサン十二点の展示、戦前や戦後すぐ頃の貴重な油彩画の特別展示、デッサン「眠れる母と子」の資料 展示、櫻井さんのアトリエの床の復元展示、櫻井さんが使用していたパレットと絵の具、コンテ、それに肖像写真、その他資料等を展示しました。
アトリエの床は、アトリエ取り壊し直前に櫻井さんと懇意だった大工さんに切り取っていただきました。絵の具跡と共に、櫻井さんが座って描いていた場所が丸くくっきりと分かり、櫻井さんが其処に座っているかのように思えました。その横に置いたイーゼルも絵の具に染まっていました。

「九十以上生きて、線一本引いて死のう」。
此処には、覚悟があります。「目茶苦茶にまっしぐらに勉強し」、何かにおもねることなく、線一本のために「生」を全うしようとする覚悟があります。

昨 年、急遽取り壊しが決まったアトリエ内は、アフリカの仮面や彫刻等々、櫻井さんの思いの詰まったもの達であふれていました。これらを守り、そしてこれから も櫻井さんの生き方に出来る限り沿えるかたちで櫻井さんを顕彰していくため、私共も覚悟をもってやっていかねばならない。その決意を新たにさせていただい た展覧会ともなりました。
ご縁がご縁を呼び、ほんとうによいご縁をいただき、有り難いことと思っています。これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

「藝術は趣味の問題ではない」。
櫻井さんが「目茶苦茶にまっしぐらに勉強し」た一人、彫刻家のアルベルト・ジャコメッティの言葉です。
この言葉の意味を、櫻井さんの描く一本の線のかがやきが、教えてくれているようです。

皆様どうぞお元気で、そしてまたお会いできます折を楽しみにしております。

平成二十五年五月二十七日 廊主

 

 

 

 

 

☆ 櫻井陽司會記念展と同時開催

東京芸術劇場「心のアート展」(2013/4/24-4/29) 特別展示:櫻井陽司

 

 

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